豊岡市概要とDMO設立
兵庫県の北東部(但馬地域)に位置する豊岡市は、日本海及び京都府に接し、平成17年4月1日、豊岡市・城崎町・竹野町・日高町・出石町・但東町の1市5町が合併してできた県最大の市である(面積697.55平方キロメートル)。コウノトリが生息する豊かな自然、1300年の歴史ある名湯「城崎温泉」・但馬の小京都「出石」・西日本屈指の「神鍋スキー場」・山陰海岸屈指の景勝地であり環境省海水浴場水質調査最高ランクの「水質AA」(平成27年)の「竹野海水浴場」など、数多くの特色ある観光資源を有している。また、「城崎国際アートセンター」は舞台芸術の国際的なネットワークにアクセスできる場所として注目だ。ホール、スタジオ、レジデンス(宿泊施設)で構成され、舞台芸術の発表の場としてだけでなく、アーティストが暮らすように長期滞在できる「アーティス ト・イン・レジデンス」の拠点となっている(平成28年度レジデンス応募状況は37団体、うち海外19団体)。
豊岡市の人口は、2010年、8万592人(国勢調査)だったが、減少のペースを加速し、2040年には 5万7608人と推計され、ひとりの高齢者を生産年齢人口 1.0人で支える人口年齢構造になると予測されている(2060年の推計人口は 38044人)。
城崎国際アートセンター
外国人宿泊者数は、2011年は、豊岡市宿泊者数114万5000人の内1118人(0.9%)、2015年は122万4000人の内3万4318人(2.8%)と、4年で約30倍に増加している。豊岡市は人口減社会における経済活性化の方策のひとつとして、観光産業の育成に取り組んできた。特にインバウンド需要の取り込みに新たな機能を持つ組織、豊岡観光イノベーションを設立し、これまで以上に観光による地域の活性化に取り組み、2020年までに外国人宿泊者数10万人を目指している。
新たな機能とは、1.観光地のマーケティング機能 2.地域と地域、事業者と事業者をつなぐ機能 3.地域ならではの旅行商品を作り自ら観光客を呼び込む、である。
豊岡観光イノベーションは、「地域の稼ぐ力を引き出し、高める(地域事業者の売上・利益アップ)」を目標に掲げ、データ分析に基づいた観光地マーケティングを推進するとともに、インバウンド事業にフォーカスした収益事業を展開。具体的には宿泊予約サイトの運営や、着地型ツアーの企画販売、豊岡ブランドの商品販売を行っていこうとしている。
尚、豊岡観光イノベーションの名称には「観光自体にイノベーションを起こす 」「観光によって、地域にイノベーションを起こす」という二つの思いが込められている。
民間企業4社が基金を拠出
一般社団法人豊岡観光イノベーションには、先進的取り組みの証として「豊岡版DMO」と冠が付く。
観光による地域の活性化を推進するために、民間企業4社が基金を拠出しDMOを設立した点が注目されている。拠出額は、豊岡市2000万円、ウィラーコーポレーション株式会社310万円、全但バス株式会社310万円、株式会社但馬銀行125万円、但馬信用金庫125万円。ウィラーコーポレーションは、ウィラーアライアンス株式会社が100%出資し、豊岡観光イノベーションに参画するために設立した地域商社である。ウィラーアライアンスは、高速路線バス事業、鉄道事業、ITマーケティング事業、観光コンサルティング事業など複数の企業を傘下に持つ企業である(本社は東京都港区)。全国20路線を持つ高速バス「WILLER EXPRESS JAPAN」、京都丹後鉄道の電車運行を行なう「WILLER TRAINS」、ITマーケティング事業として、会員数320万人の予約サイト「WILLER TRAVEL」を運営する他、体験や着地型ツアーの販売システム「スマート トラベル」を有している。
豊岡観光イノベーションにおいて、ウィラーコーポレーション は、ITマーケティングや運輸事業のノウハウを活かし、地域資源の商品化・販売などの仕組みづくりやマーケティング&コンサルティングに取り組む。
全但バスは但馬地域をエリアとする地域密着型のバス会社である。2015年3月、城崎温泉駅前に城崎温泉ツーリストインフォメーションセンター『SOZORO(そぞろ)』をオープンしている。単に、バスターミナルというだけでなく、インバウンドにも対応できる観光案内機能、ツアー販売など旅行センター機能も有している。今後、但馬地域内のバス交通の整備や強化を進める。ツーリストインフォメーションのノウハウはDMOにとって大きなメリットである。
豊岡版DMOの組織と事業
豊岡観光イノベーションは、事業実行部隊として事業本部を設置し、経営管理部、マーケティング部、営業部を設けている。そして事業本部長に大手商社三井物産株式会社から、職員はウィラーコーポレーション、全但バス、JTB、但馬銀行、豊岡市から派遣を受け、合計7名体制(10月から8名体制)で事業の実務を行っている。
豊岡観光イノベーションは今後、市の基盤産業である飲食店・宿泊業、かばん製造業に着目し、インバウンド事業にフォーカスした宿泊予約サイトの運営、着地型ツアーの企画・販売、豊岡ブランド商品の販売といった収益事業を展開する計画だ。ウィラーアライアンス、全但バスの実績とノウハウが強力なバックアップとなるに違いない。また、但馬銀行と但馬信用金庫は、観光ビジネスの強化や参入を考える地域事業者に対してコンサルティグや融資など事業化支援を行う。
豊岡観光イノベーションの主な事業は次の通りだ。
地域マーケティング戦略の推進
- マーケティング情報の継続的な収集分析共有、戦略策定推進
- 地域事業者の発掘ネットワーク化による着地型観光創出
- 事業者へのマーケティング支援
- 人材育成(セミナー等の開催)
収益事業の実施(インバウンドにフォーカス)
- 宿泊予約サイトの運営
- 着地型ツアーの企画販売
- 豊岡ブランド商品の販売
例えば、城崎温泉では繁忙期と閑散期の「差」が大きい。4月〜7月、9月〜10月が閑散期である。宿泊施設は繁忙期には派遣労働で業務に対応しているが、閑散期にインバウンドを呼び込むことによって、派遣労働の通年雇用創出につなげていく。既に可動している宿泊予約サイト「Visit Kinosaki」は英語、フランス語に対応し、着地型体験ツアーの企画販売やプロモーションも程なく始まることだろう。
また、地域マーケティングにおいては、データ分析のプロ人材をアドバイザーとして招聘し、ビッグデータを用いて各種観光データの収集・分析を強化し、戦略的な観光地マーケティングを展開、効果的な地域経済活性化を目指す。
豊岡ブランド商品の販売に関しては、日本一のかばん産地(平成26年 製造品出荷額113億円)であることに着目し、ブランド化に向けての事業展開を試みる。
豊岡版DMOの広域連携
豊岡市に隣接する京丹後市は、平成16年に峰山町、大宮町、網野町、丹後町、弥栄町、久美浜町の6町が合併してできたまちで、夕日ヶ浦海岸や久美浜など風光明媚な自然を有している。
豊岡市と京丹後市は、府県は異なるが、古来より人の行き来が盛んに行われてきた。行政の繋がりも強く、平成19年度から年に一度「合同会議」を開催し、市民が相互の図書館を利用、鳥取豊岡宮津自動車道の整備促進活用、コウノトリ但馬空港の利用促進活動などを共に進めている。更に現在、外国人観光客の増加に向け、インバウンド事業にも共に取り組んでいる。また、ウィラーアライアンスは、京都府北部で京都丹後鉄道を運営していることもあり、豊岡観光イノベーションは、豊岡市・京丹後市をマーケティングエリアとし、京丹後市との広域連携にも取り組む。
観光客にとって、市域の境界は関係ない。京丹後市との連携がニーズに沿った商品開発を可能にし、最も効果的なのである。
城崎温泉夕景
豊岡版DMOに学ぶ
地域固有のもの、ローカルなものが輝くチャンスを持ち始めている。豊岡市は、人口減少下における地域経済の活性化、雇用創出策、インバウンド需要の取り組みを官民一体となり推進し、一定の成果をあげてきた。この方向を確固としたものにするために豊岡版DMOの設立がある。
豊岡観光イノベーションの最大の成果は、ウィラーコーポレーション、全但バス株式会社の参画と三井物産、JTBからの派遣であろう。
DMOにとって大切なのは、マーケティングとマネジメントの機能が稼働するかどうかである。ドイツの「ロマンチック街道」のウェブサイトには、ロマンチック街道の観光情報が掲載され、ドイツ語の他6カ国語に多言語化されている。日本語のページも用意され、ニュース・歴史・地図・旅行・芸術・文化・美食・ロマンチック街道バス宿泊・キャンピング・キャンピングカー・ユースホステル・イベント・野外劇場・ゴルフ・サイクリング・ハイキングなど、おおよそあらゆる情報が掲載され、予約も日本ですることができる。サイクリングに至っては、ホテルからホテルへ毎日荷物配送するサービスまで得ることが可能だ。それを「ロマンチック街道協議会」がワンストップで行い、マネジメントしている。これがひとつのDMOの原形であるという説明をよく目にする。
豊岡観光イノベーションには、既にそのノウハウと体験や着地型ツアーの販売システム、移動手段も持ち合わせている。インバウンドにフォーカスした収益事業の実施が、ビジネスモデルとなることだろう。
また、豊岡市には豊岡版DMO設立以前から「海外レップ」という事業を展開している。レップ(Rep)はRep-resentativeの略で、代理人、代弁者である。既に、東京、京都、石川、奈良など日本の多くの都市で「観光レップ」が行われている。ターゲット国において旅行動向などの情報を把握するとともに、現地旅行業者やメディアに観光資源情報を提供、セールス及びプロモーションなどを実施し、外国人観光客の誘客を図る。豊岡市の場合、パリにレップを置き、欧州メディアに豊岡の観光情報を提供している。
Famトリップ(Famツアー)が、誘客促進のため盛んに行われていることからも明らかなように、現地の旅行会社やメディアに掲載され拡散される観光情報が効果的だということだ。レップの効果は人材に左右されるところが大きい。ターゲット国のメディアにいかに情報を提供し掲載にこぎ着けるかは、今後のインバウンド施策の重要なポイントである。勿論、SNSによる拡散もネイティブで行われる仕組みが必要なことは言うまでもない。