尾家建生(おいえたてお)氏は、大阪府立大学 観光産業戦略研究所・日本フードツーリズム研究会の代表を務め、観光アトラクション論、フードツーリズムを中心に、他大学教員・大学院生、都市コンサルタント、観光振興関係者などと共同研究をしている。
「なぜ美食都市(ガストロノミック・シティ)」が注目されるのか?「なぜローカル・クールジャパン政策としてフードツーリズム」が注目されるのか? 尾家氏の講演と、いくつかの論文を参考に、フードツーリズム、ガストロノミー、美食都市とはどのような都市なのかを明らかにしたい。
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観光動機としての食
尾家建生氏
首都圏、愛知県、大阪府での最近のコンピュータ調査結果は、「食べ歩きが趣味」の人が19%、「食べ歩きが好きな方」が51%、70%の人が旅行先では食に最も関心がある。
年齢別の調査では、非常に食べ歩きが好きだというのは、女性の場合20歳から30歳代の人が圧倒的に多いという結果が出ている。
次に、外国人観光客が日本食にどの程度関心を持っているのか。平成26年の観光庁の「訪日外国人消費動向調査」によると、「訪日前に期待していたこと」は複数回答の場合、1位が日本食を食べること76・2%。単一回答でも1位はやはり日本食を食べることで34%となっている。
歴史的な建造物や美しい自然をみるだけではなく、食べる、味覚というものが観光と深く結びついているといえる。
「食と観光の関係において、飲食は本来、観光施設として観光地に欠かせないものである。宿泊施設と同様、観光地には必ずといっていいほど何らかの飲食店があり、旅行者に食べ物飲み物を提供している。飲食施設は観光地形成に欠かせないものであるといえる。しかし、そのような段階での食と観光の関係は、駐車場やトイレと同じように、単なる観光施設ということになる。フードツーリズムにおいて、食は観光アトラクションとして存在しなければならない。食を摂取すること、食を楽しむことが旅行者にとって観光アトラクションとなり、旅行者の観光体験となることが、フードツーリズムの条件のひとつである。したがって、フードツーリズムにおいて食や食文化は観光動機そのものでもある」(大阪観光大学観光学研究所報『観光&ツーリズム』第15号・「フードツーリズムについての考察」尾家建生)。
ガストロノミックシティ(美食都市)とは
美食都市とは「地域の食材にふれることのできる市場や直売店(または生産地)があり、郷土料理、伝統料理やご当地グルメなどを体験できる飲食店、老舗やプログラムがあり、そして飲食の楽しみを生産者・料理人とともに体験できるフードイベントやフードフェスティバルのある都市である。かつ、それらが観光情報として発信されている都市をいう」 。
いわゆる産地、或いは市場、直売所がある。レストラン、食べ歩きができるまち、地区がある。フードフェスティバルがある。この3つが美食都市には必要だということだ。ガストロノミー資源というと解りにくいが、食文化の資源をベースに美食都市創造が可能となり、その情報発信が必要だということである。
近年、ガストロノミーは地域の文化とライフスタイルを知るために欠くことのできない要素になってきている。美食都市を目指すことは、ガストロノミー資源を観光活性化に利用することなのだ。
都市政策とガストロノミー
EUのヨーロッパ2020都市戦略「URBACT ―美食都市プロジェクト」、2012年 「スペインの美食首都」プロジェクト、2013年 「フランスの美食都市ネットワーク」、IGCAT(Institute of Gastronomy,Culture,Art and Tourism)「ガストロノミー、文化、アート&観光」(欧州ガストロノミー地域2016)、2004年 ユネスコの創造都市ネットワーク・ガストロノミー(食文化)など、世界の諸都市は今、観光戦略的に ガストロノミックシティ(美食都市)を目指している。
スペインの「美食首都」は観光促進と雇用拡大を目的として、国内の都市の中から選定し世界へ向けてプロモーション活動を実施している(選定はケータリング業界団体と旅行ジャーナリスト協会)。
またフランスでは国の政策として、リヨン市(人口49万人)、パリ&ランジス市(225万人)、ディジョン市(15万人)、トゥール市(13万人)の4都市を「美食都市」として選定し、食遺産のイノベーション及び観光客・料理学校生徒・シェフの教育センターとしている。
EUが展開する「美食都市プロジェクト」は、スペイン・ブルゴス市(18万人)、イタリア・フェルモ市(3.7万人)、ルーマニア・アルバユリア(6.7万人)、ギリシャ・コリダロス(6.7万人)、スペイン・ロスピタレェト(25万人)の5都市などが参加している。
これらを見てみると、美食都市を目指し挑戦しているのは、大都市よりも中小規模都市が多いということである。それぞれの地域が持つ伝統的な第1次産業を資源として活用し、創造性を持った生産と料理方法のイノベーションを実践することにより、ガストロノミー(食文化)を地域政策の柱として活性化を図ることを目標としている。
美食都市を目指すことは地域が持つ農産物・水産物資源を観光活性化に活かすことであり、地域住民がライフスタイルの中に食の愉しみを取り入れる仕組みを創ることである。
日本の先進地事例としてよく取り上げられるのは、鶴岡食文化創造都市推進協議会『食の理想郷へ』である。
山形の鶴岡市を取り巻く庄内平野には60種類の伝統野菜(在来作物)が現存する。これは山形大学が「庄内在来作物研究会」を発足し、生産者との間で品種の存続に努めてきた結果である。ここに東京から地元鶴岡に戻った料理人の奥田政行氏が、市内のホテルの料理長を勤めた後、2000年に鶴岡市内でイタリアン・レストラン「アル・ケッチャーノ」を開業、食材に庄内産の米・野菜・山菜・魚介類を使用したイタリア料理を開発した。 奥田シェフは食材の生産現場へ出向き、「生産者の会」(約60人)を組織。さらに生産者の経済的生活を維持できる仕組みを創り上げ、適正価格での販売支援や研修旅行・研修会などを行った。「アル・ケッチャーノ」は美食の追求のみでなく、地域の伝統的な産物を生き返らせ顧客に提供する、循環的経済システムの創造が大きな特徴となっている。さらに国際的なテイストを持ったイタリア料理での表現と重なり、オンリーワンとして来訪者を呼び込み、地域住民の誇りづくりにも大いに貢献している。
この流れを重視した鶴岡市は2012年「鶴岡食文化創造都市推進協議会」を設立し、地域食文化プロジェクト(文化庁モデル事業採択)を推進し、数々の事業展開を行っている。さらに2015年には「ミラノ万博」への出展、パリで精進料理紹介など国際プロモーションも行い、ユネスコ「創造都市ネットワーク」の食文化部門へ加盟が承認された。大学の研究者、生産者、料理人、経済界などの産官学協働での美食都市づくりが進行しており、観光振興にも結果が現れている例である。ちなみに庄内地域の人口は27.8万人である。
庄内鶴岡の奥田政行シェフが提唱する「食により地方を元気に!」の実践は全国に拡がりつつある。
一方、フードツーリズムの新しい潮流が現れている。
- 日本酒蔵元やワイナリーを訪れ、製造現場見学と試飲、さらにショッピングを楽しむツアー。
- ミシュランレストランやオーベルジュを訪ね、噂の美食や郷土料理を楽しむツアー。
- 「食」をテーマにしたフードイベントやフェスティバルなどへの参加。
- まち歩き、サイクリングやドライブの途中で立ち寄るカフェ巡りツアー。
- ネット検索や雑誌の紹介された情報でコースを組み立て訪れる旅。
- 地産地消や有機栽培の食材を使った農家レストラン、農園カフェ巡り。
いずれも食をテーマとしながら、その土地の食文化遺産を自然、歴史伝統、文化遺産と組み合わせて体験するフードツーリズムであり、今後拡大の方向へ向かうと考えられる。
美食世界都市
世界的に有名な旅行雑誌「コンデナスト・トラベラー」は、世界の美食都市ランキングを発表している(アメリカの雑誌故、ランキング条件としてアメリカの都市は入っていない)。2014年の1位は、スペインバスク地方にあるサン・セバスチャン(人口18.6万人)。2位はパリ。3位はケープタウン(人口43.3万人)。4位にフィレンツェ(人口35.7万人)、5位にローマ、6位東京(人口1,300万人)、7位香港(人口700万人)、8位シンガポール(人口500万人)、9位バルセロナと続く。パリ、ローマ、東京、香港、シンガポール、バルセロナとグローバルシティといわれる都市が名を連ねるが、一方で、サン・セバスチャン、ケープタウン、フィレンツェなどの中都市、小都市がランキングに入ってき始めたのは、最近のことだ。12位バンクーバー(人口64万人)、14位リヨン(人口49万人)、15位ボローニァ(人口37万人)、京都は16位に入っている。 アメリカの有名なグルメと料理の雑誌「サブール」は、人口80万人以上の都市と80万人以下の都市に分け、専門家の選考と、読者投票の結果を発表している。
- 【80万人以上】
- 専門家選考…香港 / 読者投票…パリ/ 優良…メルボルン、サンパウロ、バルセロナ / 注目…バンコク、ローマ、ケープタウン、ソウル、 リマ、 ロンドン、大阪、ベルリン、シドニー、シンガポール
- 【80万人以下】
- 専門家選考…コペンハーゲン / 読者投票 …サン・セバスチャン / 優良…テルアビブ、 フィレンツェ、リヨン / 注目 …ビルバオ、ボローニャ、ポルト、アムステルダム、リスボン、コルマール、モーリシャス、ジョージタウン、エジンバラ、ダブリン
これらのランキングで、小都市が美食都市として世界的に有名になりつつあるということがわかる。
世界のベストフードシティ(コンデナスト・トラベラー)
順位 | 都市名 | 人口 |
---|---|---|
1位 | サン・セバスチャン | 18.6万人 |
2位 | パリ | 224.4万人 |
3位 | ケープタウン | 43.3万人 |
4位 | フィレンツェ | 35.7万人 |
5位 | ローマ | 262.7万人 |
6位 | 東京 | 1,300万人 |
7位 | 香港 | 700万人 |
8位 | シンガポール | 500万人 |
9位 | バルセロナ | 160万人 |
10位 | ケベックシティー | 51万人 |
順位 | 都市名 | 人口 |
---|---|---|
11位 | シドニー | 429.3万人 |
12位 | バンクーバー | 60万人 |
13位 | モントリオール | 165万人 |
14位 | リヨン | 49万人 |
15位 | ボローニャ | 37.5万人 |
16位 | 京都 | 147万人 |
17位 | ウィーン | 174万人 |
18位 | ブタペスト | 173万人 |
19位 | マドリッド | 316.5万人 |
20位 | メルボルン | 408.7万人 |