ホワイトアスパラガス
日本は初夏、アスパラガスの季節である。光があたらないように若芽に盛り土をして育てるのがホワイトアスパラガス。自然のままに育てるのがグリーンアスパラガスだ。ヨーロッパでは春の訪れと共に人々が待ちわびる野菜なのだ。
アスパラガスのフランス語はAsperges(アスペルジュ)、イタリア語はAsparago(アスパーラゴ)、ドイツ語ではSpargel(シュパーゲル)。ホワイトアスパラガスがマルシェに顔を出すのは、4月下旬から6月まで。この短い期間、ホワイトアスパラガスは、グリーンアスパラガスと並びマルシェの野菜屋の主役となる。
ドイツの人々は特にシュパーゲルに対する思い入れが深い。4月中旬から6月24日(聖ヨハネの日)まで各地で「シュパーゲル祭り」が開催される。多くのレストランには独自のアスパラガス料理が登場し、旅する人々の楽しみのひとつになっている。
フランス人にとっても身近な食材だ。一番オーソドックスな食べ方は塩茹でした熱々のホワイトアスパラガスにフルールドセルとビネグレットをかけるか、ソース オランデーズと一緒に食べる。
実は、昭和20〜40年代、彦根市南部の新海町を中心とした地域は、ホワイトアスパラガスの一大産地だった。最盛期の作付面積は25ヘクタール、およそ東京ドームの5個半くらいの面積だ。全盛期には缶詰工場まであった。現在では全盛期の20分の1程度にまで落ち込んでいるが、露地の土盛り栽培を続けている。手間が掛かるが、土の圧力を押しのけて伸びるため、しっかりした歯ごたえがあり、苦みが特徴である。今でも新海町のホワイトアスパラガスを求めて多くの問い合わせが続いている。このことに着目したのが、「ひこねアスパラガス プロジェクト」だった。
キックオフ イベント
2014年、彦根商工会議所は「ひこねブランド開発委員会」が設置され、現在、「アスパラガス プロジェクト」のブランディングが進んでいる。
ブランドを定着させるためには、地域内で理解を深めることが必要だ。また外部に対しては強力な情報発信をすることによって彦根の都市イメージを認識してもらうことが大事である。2016年4月21日、彦根市、稲枝商工会、滋賀県立大学、金融機関に加え、地域の農家の方、レストラン・食事処の経営者やシェフ、料理長など50人が集まり「ひこねアスパラガス研究&試食会」が行われた。会場は「dining & bar SLOW」。彦根市のブランド食材として可能性を秘めたアスパラガスを初めて披露するキックオフ イベントとなった。
アスパラガス料理はSLOWの松井宏友(38)シェフが担当。ホワイト・グリーン・パープル・ピンクのアスパラガスを使った7種の料理がテーブルを彩った。美味しい料理があると話題も広がるのだろう、華やいだ雰囲気のなかでアスパラガスの食感や料理の感想、ブランド化に向けての意見交換が行われ、「ひこねアスパラガス プロジェクト」の今後の展開に貴重な資料となった。
或る挑戦
現在新海では、1kgあたり1,200円で販売しているが、他産地では3,000円~3,600円で販売しているところもあり、これはブランディングにより価値を高めることで現在よりも高価格帯で販売することができる余地があることを示している。
アスパラガスの産地は国内でいくつか確認されているが「ホワイトアスパラガス」のブランド化に成功している地域は未だ存在しない。ブランディングを更に進めるためには、「生産量の増加」「担い手の確保」「食の提案」「生産性の向上」「大規模なPR」等、課題は数多いが、これらの課題を乗り越えた先には、彦根の新たなブランド食材が生まれる。
ホワイトアスパラガスは、播種から収穫まで3年程度を要し(株分けすれば短縮可能)、寿命は30~40年程度。6年~8年目で質がよくなり、15年程度で生産量が落ち始める。
適切なタイミングで若芽に70〜80センチ程度まで土を盛り、陽が当たらないようにしてホワイトアスパラガスを収穫する。グリーンアスパラガスと同様の栽培方式をとることも技術的には可能だが、新海では株を育てることを優先し、土をかぶせて光を遮る「土盛り」方式をとっている。この栽培方式は、労力がかかり、収穫量が少ないなどのデメリットがある。限定された生産量では積極的な営業は困難であり、個々の農家の協力も不可欠となってくる。
ブランド化の最大の問題である「安定供給」に関して、彦根市薩摩町の福原勉さん(56)の協力を得、今季から新しい栽培技術への挑戦が始まっている。福原さんは米や麦、大豆、野菜などを栽培している農家だ。 昨年、彦根市の特産品になる農作物の生産者に研究を委託する「地域振興作物研究開発事業」に応募し、「彦根ホワイトアスパラガス復活プロジェクト」が採択され、福原さんの挑戦が始まった。「土盛り」ではなく、ビニールハウスの中で、遮光シートを用いる栽培法(ハウス遮光栽培)で、真っ暗な環境で育てる新しい技術である。
結果、味は均一で長さ25センチまで育つホワイトアスパラガスができるようになった。この成功により、「生産量の増加」「生産性の向上」が期待でき、福原さんほか、市関係者は「今後、生産者を増やし、一定の収穫量を確保することができるだろう」と手応えを感じている。「ひこねアスパラガス研究&試食会」の後、2~3軒の農家から新規参入の申し入れがあり、次年度は今年の2倍以上の生産を期待できるという。
「美味しいものの無いまちには人は来ない!」。ホワイトアスパラガスのブランディングと共に、観光消費につながるフードツーリズムやガストロノミックシティへの挑戦のひとつとして「ホワイトアスパラガス プロジェクト」がある。